キリスト教と創価学会

私はキリスト教主義の学校を出た。職場もそうだった。

驚いたことに一緒に働いていた友が創価学会だったのである。
ある日、遊びに行こうと友人宅に誘われた。


この美味しいお饅頭を食べてみて(創価学会のこと)、っと入会を勧められた。
「今、お腹いっぱい」と私がどんなに断ってももう一人の知り合いと
三人で一日中責められた。


東京に来ても、選挙に一票いれて、と、郷里からやってきて執拗に攻められた。
思うに、宗教は人に勧められたから入るものではない。
私はクリスチャンでもない。無宗教である。
キリスト教で言うイエスの復活は、イエスの死後、棺を見た
イエスの知人が遺体が無くなっているのを知って
イエスが復活したと思い、それから復活劇が始まったらしい。(続く)

バカマツタケ

マツタケの亜種が見つかった。
これで思いっきりマツタケが食べられると思いきや、シメジ科と
書いてある。でもバカはないでしょう!「来年の秋は店頭に並ぶかも、と楽しみにしている。


キノコ採りで死者のニュースが後を絶たない。
美味しいきのこがあるところは他人に秘密にしてあるのでどうしても
単独行動になるのだそうである。その結果足を滑らせたりして
発見が遅れたりするのだそうである。
昔、実家に出かけたときの母の土産はキノコ、クリ、干し柿などだった。
もしや毒キノコではないかとびくびくしながらみそ汁や酢の物を食べた。
食べ物には文句を言わない、というのが我が家の鉄則だったので
黙って食べた。
母はそんな苦労をしてキノコを採ってきたのか・・・・
知らなかった、クリも数珠のように糸を通したものだった。(暖簾ののよな
干し柿は木の枝に刺しただけの木だか何だかわからない代物だった)
今になってすまない、と思う。母の愛を今になって感じる。
よくわからなかったキノコの味が懐かしい。
下はわたしの干し柿作り(十日ほどで出来る。)

恐竜の次はカナカナ

昨日は恐竜の化石に驚いた。
今日は蜩について日ごろ思っていることを書きたい。
悲しいことに、近年カナカナの鳴き声を聞かなくなった。


カナカナカナカナ・・・・夏の終りかな、この美しい声を聴くと
あぁ、秋が来たんだとしみじみ思って生きてきた。
ただ、これは声ではないらしい。
今年は暑かったからカナカナも息絶えてしまったのかもしれない。
生きて!カナカナ!
神様の傑作(私は無神論者だが)!
未だに夏が終わったと実感できないでいる。